日日光進・更新・交信。アナタへの健康波動---。


by jinsei1

カテゴリ:きょうの一句( 372 )

7月25日 時代


「馬洗う川すそ闇き水鶏かな」
(うまあらう かわすそくらき くいなかな)
立花北枝。
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 水鶏は夏鳥として渡来し、繁殖期の夜には雄がキョッキョッキョッと戸をたたくような声で鳴く。聞こえるのは川下からだが、すっかり闇につつまれて姿は見えない。寂しさを呼び起こすかの鳴き声だけ。日暮れまで農作業にいそしみ、疲れた馬を川に引き込み汗を洗い流してやっているのだ。「牛馬冷やす」の季語もあり、かっては農耕に使う牛や馬を大切にした。しみじみとした風景である。byけさの一句抄。

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「今やもう牛馬何処ぞトラクター」
(いまやもう ぎゅうばいずこぞ トラクター)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-07-25 08:45 | きょうの一句

12月31日 去年今年

「あすは元日が来る仏とわたくし」
(あすは がんじつがくる ほとけとわたくし )
尾崎放哉(ほうさい)。
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 みずから孤絶を選んだ俳人だ。「淋しいぞ一人五本のゆびを開いて見る」「咳をしても一人」「墓地からもどって来ても一人」などの作がある。
 一高、東大を出て会社では出世コースを歩みながら、中途で栄達を捨て無一物の脱俗の生活の中で「入れものが無い両手で受ける」などの自由律の俳句を作っている。最後は小豆島の草庵に入り、死を覚悟して一歩も外に出ようとしなかった。庵にまつってあるのはお大師様で、観音経を「実に絶唱す可き雄大なる一大詩篇であると思ひ信じ」勤行を欠かすことはなかった。掲出句では<仏とわたくし>とあり、一人の世界ではなかったわけだ。
1885~1926 鳥取県生まれ。荻原井泉水に師事。by村上護。

★去年の大晦日はこうでした。☞大晦日降りやまず 
そして今年は、この好天気。↓
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「去年今年空の機嫌の直りけり」
(こぞことし そらのきげんの なおりけり)
尽生。

★村上護先生、そして先生の「きょうの一句」と、尽生のつたない句もどきに、お付き合いくださった皆様、一年間有難うございました。

そして明日から、また新しく「癒しの一句」を(フランス堂) 
(ライフログトップにup)底本に、新年一年旧来通り、
写真と拙句を添えて、継続したく思っております。

皆様、今年同様宜しくお付き合い下さい。
温情あふれるご叱責のコメントなど、
お寄せいただけたら、うれしく存じます。


明日1月1日の一句
「元日や手を洗いをる夕ごころ」 
芥川龍之介。

by jinsei1 | 2005-12-31 11:32 | きょうの一句

12月30日 分別

「分別の底たゝきけり年の昏(くれ)」
(ふんべつの そこたゝきけり としのくれ)
松尾芭蕉。
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 年の暮れはすべてが慌ただしい。世の人はあらんかぎりの知恵と才覚を出しつくして頑張っている。俳人の芭蕉はそれをよそ事と眺めての作か。いや、かならずしもそうではなかろう。世間から見れば無用者のように思われようとも、俳人にも<分別の底>をたたいて打ち出さなければならないものがある。
 分別とは心が外界を思いはかることだが、それを徹底してやるのが底を叩く意だ。中身を全部出しつくすことで、ことばを替えていえば俳人の場合は風雅の誠に徹することだろう。質の違いはあっても、今年じゅうに出しつくさなければならない。そんな意気込みを軽くユーモラスに詠んだ一句である。by村上護。

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「年晦日光賜物残り福」
(としみそか ひかりたまもの のこりふく)
尽生。

明日12月31日の一句
「あすは元日が来る仏とわたくし」 
尾崎放哉(ほうさい)。

by jinsei1 | 2005-12-30 13:35 | きょうの一句

12月29日 年の暮

「母が吾をまたいでゆきぬ年の暮」
(ははがあを またいでゆきぬ としのくれ)
夏井いつき。
a0009666_23284275.jpg★母さんこれじゃ跨ぎ様もありませんかねぇ。

 俳句を「諸人旦暮(もろびとあけくれ)の詩」と解いたのは日野草城。普通の人が日常を詠むのでいいのだが、年の暮れは家庭も慌ただしい。子供をまたいで行くとは行儀のよくない母親だが、そういう<吾>はどういう状態だったか。あまいは、またがねば通り越せないところに寝そべっていたとすればお互いさまだ。
夏の季語に「三尺寝」というのがある。職人や大工などが、仕事場で短時間ねるのをいうがそれは足場や材木の上など三尺に足らぬ狭い場所で寝るからなどという。酷暑の折は疲労が激しいから昼寝は奨励されている。師走となればもっと疲れる。掲出句は仮眠の場面で取り立てるほどの話題ではないが、国すればおもしろい。これが俳句の醍醐味だろう。
1957~ 愛媛県生まれ。「藍生」同人。by村上護。 

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「鉢巻きは何処だっけなあ年の暮」
(鉢巻きは どこだっけなあ としのくれ)
尽生。

明日12月30日の一句
「分別の底たゝきけり年の昏(くれ)」 
松尾芭蕉。

by jinsei1 | 2005-12-29 09:58 | きょうの一句

12月28日 祈らむ

「何祈らむ冬三日月を額に亨け」 
(なにいのらむ ふゆみかづきを がくにうけ )
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byやまちゃん・ニコン D70による三日月
  月は自然美の典型的な風物の一つとして、古くからなじみの深いものだ。満ちては欠け、消滅してゆく。けれど死んでしまうのでなく、やがて再生するといった永遠の周期を繰り返す。まさに生命のリズムを認識するにはうってつけのもの。とりわけ美香好きは変化を示すもっとも特徴的な形である。寒風にさらされた冬の三日月は厳しさに耐え、徐々に満月へと成長してゆくのだ。
 ことに冬の三日月には冷厳さが色濃い。特別な信仰心はなくても、なにかを祈らねばすまないような気分となる。三日月の光を額に受けて神々しい気分になったか。 
1915~ 福岡県生まれ。横山白虹11.18 横山白虹忌夫人「自鳴鐘」主宰。by村上護。
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by久保庭敦男・まもなく新月ニコン D70による月
「年改吾新生を祈らなむ」
(としあらた われしんせいを いのらなむ)
尽生。

明日12月29日の一句
「母が吾をまたいでゆきぬ年の暮」 
夏井いつき。

by jinsei1 | 2005-12-28 13:48 | きょうの一句
「親殺し子殺しの空しんと澄み」
(おやごろし こごろしのそら しんとすみ)
真鍋呉夫。
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a0009666_83945100.jpg★子殺し:2人をダムに突き落とす センセーショナルニュースとして<親殺し子殺し>の話題は絶えない。殺伐とした世相は、いつまで経っても鎮まりそうにない。変わらないのは静かで音のない<しんと澄>んだ青空だけだ。
 巷の人間界と神のまします天上界、動と静の取り合わせ。作者には旧約聖書のせ会に仮託した『爾(なんじ)を愛す』などの小説がある。イエスは自分に敵し視迫害する者をも愛するように説いた。現今では掛替えのない味方までも容赦なく殺す。掲出句も背景には原罪の思想が秘められているようだが、親殺し子殺しは当面の問題であり地獄の様相をていしている。 
1920~ 福岡県生まれ。小説家「紫薇」同人。by村上護。

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「虚しさは霊長とやの言の葉よ」
(むなしさは れいちょうとやの ことのはよ)
尽生。

明日12月28日の一句
「何祈らむ冬三日月を額に亨け」 
横山房子。

by jinsei1 | 2005-12-27 08:41 | きょうの一句

12月26日 はらわた

「はらわたの紆余曲折を年の暮」
(はらわたの うよきょくせつを としのくれ)
中原道夫。
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 交際の広い人なら、顔を出さねばならぬ忘年会は多いだろう。酒宴が連夜になると、内蔵の方も弱ってくる。胃や腸、肝臓など分けて考える余裕はない。引っくるめた<はらわた>が機能低下を来し、事情がこみいってくる。それも<紆余曲折>に切れの働きをする格助詞<を>が付いて、困難な状況は継続の様相だ。
 紆余曲折は曲がりくねること、これとよく似ているのは体内の消化管の様子だろう。食道から胃へ腸へと続き、体外への排出に終わる。ことばのおもしろさを弄して滑稽である。飽食の時代の、とくに年の暮れにおける体内の健康具合を詠んだ一句で、一種のブラックユーモアであろう。
1951~ 新潟県生まれ。能村登四郎に師事。「銀化」創刊主宰。by村上護。

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「年忘れ公憤義憤忘れかね」
(としわすれ こうふんぎふん わすれかね)
尽生。


明日12月27日の一句
「親殺し子殺しの空しんと澄み」 
真鍋呉夫。

by jinsei1 | 2005-12-26 08:40 | きょうの一句

12月25日 師走

「世に住まば聞けと師走の碪かな」
(よにすまば きけばしわすの きぬたかな)
井原西鶴。
a0009666_2245827.jpg 掲出したのは『世間胸算用』を書いた、庶民派の代表ともいうべき江戸前期の浮世草子作者(★胃腹才覚のモジリとか)の句。碪(きぬた)は木槌で布を打って柔らかくし、光沢を出すために用いる台、またそれを撃つことをいう。根気よく、いつまでも打ち続け、低く単調な音がなかなか絶えない。匠の技と心a0009666_22143563.jpg★この中「宮古上布(宮古上布保持団体)【砧打ち(きぬたうち)】」の動画をご覧下さい。
 碪は秋の夜長のあわれ深い景物として古来多くの詩歌に作られてきたが、年末の慌ただしいときに詠まれる題材としては珍しい。つまり貧乏で、師走の夜まで食うために働かなければならない民衆の哀感を詠んだ句だ。碪の音に託し庶民の哀感を<聞け>と真情を表現している。「大晦日定めなき世のさだめかな」、すなわちこの世は変わりやすく定めはないが、大晦日だけは借金とりがきちんとやって来るよ、とこれも庶民の哀感を詠んだ句である。
1642~1693 大坂生まれ。西山宗因に師事。by村上護。

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「吉凶も七日で終わる師走かな」
(きっきょうも なぬかでおわる しわすかな)
尽生。

明日12月26日の一句 
「はらわたの紆余曲折を年の暮」 
中原道夫。

by jinsei1 | 2005-12-25 11:24 | きょうの一句
クリスマス「君と結婚していたら」 
(くりすます 「きみとけっこんしていたら」 )
堀井春一郎。
a0009666_1051255.jpg 若き日を振り返っての作である。<君>というのは昔の恋人だろう。離れ離れになっていたが、再び出会う機会があったのだ。そのときどんな話しになったかは知らないが、一変の短い小説なら書けそうな場面である。
 彼女と結婚していたらどんな家庭を築いていたろうか。結婚しないで別の人生を歩むことになったが、時間はただ通り過ぎていったのではない。それとは逆に、現在から過去へと積み重なっていくものが時間だという考えもある。たとえば目の前に飾られたクリスマスツリーを見ながら、濃密な昔の恋人との時間がよみがえったのだろう。思い出は美しく、焼け棒杭に火がつきそうな危険を秘めた一句である。
1927~1976 東京生まれ。俳句総合誌「季刊俳句」創刊。by村上護。

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「イブとかや今宵如何に日本人」
(いぶとかや こよいいかいかがに にほんじん)
尽生。

メリーメリークリスマスなら、いかな理由あろうとも 、
戦火は即座に消そう、なっブッシュ!!!


明日12月25日の一句 
「世に住まば聞けと師走の碪かな」 
井原西鶴。

by jinsei1 | 2005-12-24 10:09 | きょうの一句

12月23日 風呂ふき

「風呂ふきや涸れるに惜しき仲なれど」
(ふろふきや かれるにおしき なかなれど)
冨士真奈美。
a0009666_1113428.jpg かぶや大根の風呂吹きは味が解るようになるまでに年季がかかるので、年寄り好みといわれることもある。それを食べる様子が風呂の火を吹くさまに似ていることから名づけられたという。ゆでて熱いうちにみそをつけて食べる。共々おいしそうに食べながら、ふと抱いた感懐だろう。
<涸れる>というのは水が乾いてなくなる意だが、ここでは若やかさが失せること。まだまだ風呂吹きぐらいに現を抜かしている年齢じゃない、と叱咤しての作。あるいは愛惜をこめて恋情を詠んだ句と解すべきである。艶麗な女優として知られる人だが、俳句もうまい。
静岡県生まれ。女優。by村上護。

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「風呂ふきに偲ぶは母の手前味噌」
(ふろふきに しのぶはははの てまえみそ)
尽生。

明日12月24日の一句
クリスマス「君と結婚していたら」 
堀井春一郎。

by jinsei1 | 2005-12-23 09:02 | きょうの一句