日日光進・更新・交信。アナタへの健康波動---。


by jinsei1

カテゴリ:癒しの一句( 365 )

12月31日

 
 
「餅もすき酒もすきなりけさの春」
(もちもすき さけもすきなり けさのはる)
高浜虚子。 
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若き日

※最後の最後に、これはめっけ物☞ 高浜虚子の声(俳句朗読)

 高浜虚子一九歳の正月である。まだ京都第三高等中学校に在学していた。この若さで酒が好きというのは、生意気なようだが、餅も好きというところが可愛らしい。故郷の松山から京都に出てきて、自由な雰囲気を満喫しているところだろうか。この京都時代は、学問もせず遊び暮らしていたとという。「一月子規に示したの句のうち」という前書がある二句のひとつである。
 同じ正月の春で、晩年には「風雅とは大きな言葉老の春」という句を作った。掲出句からこの晩年の柵に至るまでの虚子の俳句人生を思うとたいへんに大きい。by癒しの一句抄。
この一年「癒しの一句」大変お世話になりました。
☆☆☆ 完 ☆☆☆

※一刻館さんから一句頂きました。
今年最後の一句を残させていただきます
「大晦日 喜怒哀楽に さようなら」
では、来年もよろしくお願いします。

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「一年を今日晴れあがり〆を撮る」
(いちねんを きょうはれあがり しめをとる)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2006-12-31 13:55 | 癒しの一句

12月30日 初日


「昨日とおなじところ居れば初日さす」
(きのうとおなじ ところにおれば はつひさす)
桂信子。
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 新しい年の初めての日射し。すでに昨年なってしまった昨日と同じところで、作者は初日を浴びている。拭きあげた畳に座して居ずまいを正しているような凛とした気配。新年を何でもないように詠いながら、昨日とは違ったものが確かにあるのだ。
 平明なやわらかい表現だが、その奥に固い種のようなものが感じられて心に残る。それは作者の持っている自立とか決意とかいう意識だろうか。昭和四五年の作だが、この年の三月に作者は俳誌「草苑」を創刊した。「初日」という季語に明るい予感がある。
 歳晩になると何もかも慌ただしく、追い立てられるようだ。掲出句のようにかく穏やかに強くありたいと思う。by癒しの一句抄。

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「最果ての凍てつく中の初日の出」
霧多布岬(きりたっぷみさき)
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(さいはての いてつくなかの はつひので)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2006-12-30 18:05 | 癒しの一句

12月29日 炬燵


「炬燵出て歩いてゆけば嵐山」
(こたつでて あるいてゆけば あらしやま)
波多野爽波。
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 嵐山は京都市の西部にある。歴史を背負った地域である。藤原定家が小倉百人一首を編んだのも、この地である。京都の行楽地の一つとして、春、秋のシーズンにはたいへんなにぎわとなる。最近では今様の土産物を売る新しい店も増えて、若い人のスポットにもなっている。しかしながら、暑い夏の日盛りや、北風の吹きすさぶ真冬には、人通りも絶えて寂しい表情を見せる。さて掲出句は、普段着の男の姿である。
じっと炬燵に入っていた主人公が、ふらっとでて歩いていけば真冬の嵐山がある。
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あたりに人影も無く、川に百合鴎がたくさん浮かんでいるのが見える。さりげない俳句ではあるが懐が深い。 じっさいは、男は出てゆけば嵐山があると思いながら、その蕭条とした景をおもいうかべるだけで、炬燵にうずくまったままだったのかも知れない。by癒しの一句抄。

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井伏鱒二に聞き手開高健
「鱒二翁炬燵に弾む釣談義」
(ますじおう こたつにはずむ つりだんぎ)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2006-12-29 17:40 | 癒しの一句

12月28日 冬の草


「荷車を曳く冬の草見つづけて」
(にぐるまを ひくふゆのくさ みつづけて)
斉藤夏風。
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 冬草は、冬の枯色の中で青々とした緑を保っている草のことをいう。冬萌といえばはなやぎもあるが、そうではなく、寒さの中でわずかな日差しを大切に浴びている風情だ。
 そんな冬草が続く土の道を、荷車を曳いて歩いていく。首を垂れ一歩づつ、地面の草の緑を見つめながら。だが、作者は何も見ていないのだろう。悟りとか諦めとかとは無縁の、規則正しい息遣い。計らいのない景ながら空気がぴんと張っていて、精神の強さと同時に繊細な部分をも強く感じる。by癒しの一句抄。

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「目一杯丸く拡がる冬の草」
(めいっぱい まるくひろがる ふゆのくさ)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2006-12-28 17:47 | 癒しの一句

12月27日 恵方


「恵方とはこの路をたゞ進むこと」
(えほうとは このみちをたゞ すすむこと)
高浜虚子。
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 正月に歳徳神がやってくる方向のことを恵方という。方向は年によって違う。年のはじめにその方向の神社仏閣に参ることを恵方詣でという。この句の場合は、そんな方角にかかわらず、自分が歩んでいくその方向がすなわち恵方だという。たいへんな自信にあふれた表出となっている。また自分に対する克己の思いも強い。
 昭和二二年作、句集『六百五十句』所収。
 戦争中、小諸に疎開していた高浜虚子はこの年の秋に、四年ぶりに鎌倉に帰った。
戦争は俳句に何も影響を与えなかったと発言した虚子ではあるが、彼自身は小諸での寂しい生活を余儀無くされた。それが、鎌倉に戻って新しい気持ちで俳句に取り組もうとした思いを述べたもの。by癒しの一句抄。

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「恵方向き太巻き一本かぶりつき」
(えほうむき ふとまきいっぽん かぶりつき)

山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2006-12-27 18:37 | 癒しの一句

12月26日 雪 雪


「旅信したたむ昨日雪けふも雪」
(りょしんしたたむ きのうゆき けふもゆき)
篠崎圭介。
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  掲出句は、前日に雪の舞う中を歩いてきて、明くる日、宿の机に向かっているのだろうか。
 「昨日雪けふも雪」はしっとりと物思わせる景色。作者は四国の人なので、きっと雪には常とは違う楽しい思い出がある。だが、雪の多い地に暮らす人にも、日常に結びついた思い出があるだろう。掲出句は、雪は懐かしいものを思い起こさせることに改めて気づかせてくれる。by癒しの一句抄。

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「明日電車大雪気配の雪の降る」
(あすでんしゃ おおゆきけはいの ゆきのふる)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2006-12-26 12:49 | 癒しの一句

12月25日 返り花


「返り花阿蘭陀遠きゆゑ静か 」
(かえりばな おらんだとおき ゆゑしずか)
飯田龍太。
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 冬、あたたかい日に桜などの花がちらほらと、時しらずに咲くことを返り花という。まことにかそけきという言葉が似つかわしく、人を遠い思いにさそうような風情がある。それも旅先での瞥見ならば、その土地の古き時代に思いをやることになる。
 オランダという文字を阿蘭陀と表記したのも、先ず江戸の昔に思いを馳せてその上で異国への憧憬を述べたということだろう。遥かな時空を背景にして、今ただいま眼前の白い返り花は静まり返っている。by癒しの一句抄。

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「時ならず凍てつく末の返り花」
(ときならず いてつくすえの かえりばな)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2006-12-25 20:24 | 癒しの一句
 
「灯をともし潤子のやうな小さいランプ」
(ひをともし じゅんこのやうな ちさいらんぷ)
富沢赤黄男。
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 「旗艦」昭和一四年一月号に発表された「潤子よお父さんは小さい支那のランプを拾ったよ」と詞書きのある一連の句の一つ。前年に日中戦争が勃発し、作者は召集を受けて華中の地にあった。句に詠まれている長女潤子は七歳、その年小学校へ入ったばかり。このときの句は他に「やがてランプに戦場のふかい闇がくるぞ」「このランプ小さけれどものを想はすよ」」などがあるが、中ではもっとも掲出句が、父らしくて悲しい。ランプの火の揺らぎに、より切実に命というものを連想したのだろう。小さな灯に顔を照らしているつつましい安らぎの時間。作者の祈りのつぶやきが聞こえてくるようだ。by癒しの一句抄。

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「蘇る神戸年々ルミナリエ」
(よみがえる こうべねんねん るみなりえ)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2006-12-24 13:51 | 癒しの一句

12月23日 雪


「限りなく降る雪何をもたらすや」
(かぎりなく ふるゆきなにを もたらすや)
西東三鬼。
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 雪が降り始めると、あたりは静かな幕に閉ざされる。
 空を見上げれば、際限も無く雪が降り続いてくる。じっとみつめていると、その空に吸い込まれそうな気がする。雪は何のために降ってくるのだろうというような素朴な疑問が浮かぶ。無信仰な人間であってもこういう自然の不思議に触れると、神の存在に思いをいたすものである。
 雪が太地を癒してくれるような思いがする。by癒しの一句

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「何故の大雪なるや天恵む」
(なにゆえの おおゆきなるや てんめぐむ)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2006-12-23 20:04 | 癒しの一句

「座について庭の万両憑きにけり」
(ざについて にわのまんりょう つきにけり)
阿波野青畝。
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 作者は、廊下を渡り部屋に向かう途中庭に植えられた万両に気づき、ふと見入ったに違いない。つやつやとした大粒の実は寂しい冬景色のなかで、その紅色を際立たせていたのだろう。座についてひとしきりすると、ふとさっきの万両を思い出した。そのあともなぜか頭に浮かんでくる。まるで、その万両にとりつかれたように。穏やかな時間の流れと作者に憑いて離れない鮮やかな一景、さりげなく詠まれているこの違和感こそが詩のありかだろう。by癒しの一句抄。

ブルーライトヨコハマ
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「浜夜景ブルーライトの憑きにけり」
(はまやけい ぶるーらいとの つきにけり)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2006-12-22 17:02 | 癒しの一句