だんだん
七光
12月31日 大晦日
12月30日 年詰まる
12月29日 餅搗
12月28日 けもの道
12月27日 冬の虹
12月26日 年惜しむ
12月25日 高浜家
12月24日 イブ
2008年 09月 29日
連ドラの 初回「だんだん」 彼岸花 尽生
咲きました、段々。
(れんどらの しょかいだんだん ひがんばな)
昨日の朝久しぶりにバスをやめて、山登り通勤。
段々坂の土手に彼岸花が咲き競っていました。
そのなかに、寄り添って段咲きしてるのが見つかり、
おうそうだ、明日から「だんだん」が始まる。
その時坂上で、目一杯の大声を出してる子がいるのが耳に。
この子が仁王立ちして、ママをを探す大声を出していたんです。
何やら外国語を早口にしゃべるのですが・・・・・
「ママは?」 「エキ(駅)」
丁度、券売機の側に駅員さんがいたので、
経緯を話したら気持ちよくバトンタッチしてくれました。
書店に寄って通り掛かったら、交番のお巡りさんが駆けつけいて、
第一発見者として、調書を取られました。
しばらくして、親御さんから 捜索願が出されて来て、
「無事、パトカーで自宅親御さんの元へに送り届けました。」
と、お巡りさんから。
昨今の物騒なニッポン、
是非とも、お母さん小さいお子さんから、呉々も目を離されませんように!
そして、自分の名前・年齢など、出来たら住所も、聞かれたら、
答えられる様教えておかれますよう、宜しくね。
靴には、確か「アイラブママ」のロゴが・・・
▲ by jinsei1 | 2008-09-29 14:09 | けさの一句
2008年 09月 25日
犬棒の 世襲政治屋 七光 尽生

(いぬぼうの せしゅうせいじや ななひかり)
この中の幾人(いくたり)、真の政治家たるや?
▲ by jinsei1 | 2008-09-25 12:14 | けさの一句
2007年 12月 31日
「いざや寝ん元日はまた翌の事」
(いざやねん がんじつはまた あすのこと)
与謝蕪村。
いよいよ押し迫る大晦日の夜だ。新しい年を迎えるのに、準備しておかねばならぬ事は多い。考えはじめればきりはないが、「明日のことは明日案じよ」のことわざもある。元日とは特別な日かもしれないけれど、なるようにしかならないものだ。<いざや>さあ寝てしまおう、とあっけらかんとした態度がおもしろい。西鶴は「大晦日定めなき世の定めかな」、蕉門の許六は「大晦日分別ばかた残りけり」と詠んだ。byけさの一句抄
「昨日今日霧立ち上る大晦日」
(きのうきょう きりたちのぼる おおみそか)
山根尽生。
※許可なくいかがわしいコメントがしつこく張りついて来ますので、
止むなくコメント禁止に設定いたしました。ご容赦ください。
ご用の方は、メールでどうぞ。
山根尽生。
さて、明日は良いお年を!
▲ by jinsei1 | 2007-12-31 08:49 | けさの一句
2007年 12月 30日
「何事も昨日が今日に年詰まる」
(なにごとも きのうがきょうに としつまる)
中山純子。
<年詰まる>は「年の暮」の傍題季語だが、より押しせまった気分のする語だ。だれにも年内に片づけておきたいことはある。けれど何ごとも予定どおりにはかどらない。昨日に済ますことが今日にずれこむ。そんな日々の繰り返しだが、今年はいよいよ後がないから焦るのだ。陶淵明の詩に「時に及んで当に勉励すべし、歳月人を待たず」とある。今の時を大切にせよ、というのだがままならない。byけさの一句抄
「嚇々と海から富士も年詰まる」
(あかあかと うみからふじも としつまる)
山根尽生。
さて、明日は
▲ by jinsei1 | 2007-12-30 08:43 | けさの一句
2007年 12月 29日
「餅搗きの響き山河を喜ばす」
(もちつきの ひびきさんがを よろこばす)
小島健。
正月が近づくと、あちこちから餅つく音が聞こえてくる。そんな昔もあったというのでは寂しいが、米を主食とするわが国で餅の文化はなお健在。餅を食べると力が出る。病気にかからないと信じられてきた。餅の玉をタマシイともよび、霊力を認める風習も残っている。餅は持ち運びに便利な持飯、望月から転じたなどの説があるがめでたい食品。餅つく音の響きに山河は活気づく。byけさの一句抄。
「コンビニや餅搗く音の無いままに」
(こんびにや もちつくおとの ないままに)
山根尽生。
※年中袋入りの切り餅があります。
さて、明日は
▲ by jinsei1 | 2007-12-29 10:56 | けさの一句
2007年 12月 28日
「岬鼻の枯れて匂へるけもの道」
(みさきはな かれてにおへる けものみち)
水見壽男(ひさお)。
猟の獲物を先祖百神に供える年末の祭りを朧祭という。朧月といえば陰暦十二月の異称。狩猟が解禁になり、ハンターにとってはうれしい季節。海へ突き出た半島の先端を<岬鼻>と呼ぶが、厳しい自然条件のために樹木は繁茂しにくい。冬になれば下草も枯れて、ようやく見えてくるのが香しい<けもの道>。自ずからなる自然の小径で、鹿などの気配も察せられての直感を詠む。byけさの一句抄。
「猟銃を手に一年振りのけもの道」
(じゅうをてに ひととせぶりの けものみち)
山根尽生。
さて、明日は
▲ by jinsei1 | 2007-12-28 09:45 | けさの一句
2007年 12月 27日
「あはれこの瓦礫の都 冬の虹」
(あわれこのがれきのみやこ ふゆのにじ)
富沢赤黄男(かきお)。
夏のように多くはないが、<冬の虹>は鮮明で美しい。実景はさることながら、冬の虹のはかなさの象徴として配し、いっそう感慨深い句になっている。昭和二十一年の作。空襲で焼け野原にとなった東京の空にかかった虹だ。この天土地との対比を、感情におぼれず端的に力強く表現している。あれから六十年がすぎ、東京には自慢の高層ビルビル群が出現。けれど今も不思議に、ほうふつと眼前によみがえってくる俳句だ。byけさの一句抄。
「復興の家並み跨いで冬の虹」
(ふっこうの やなみまたいで ふゆのにじ)
山根尽生。
さて、明日は
▲ by jinsei1 | 2007-12-27 09:23 | けさの一句
2007年 12月 26日
「年惜しむ鍬打ち土を裏返し」
(としおしむ くわうちつちを うらがえし)
林徹。
過ぎゆく年を惜しむにも人それぞれである。農家では稲を刈った後、一毛作の田んぼでは鍬を使って荒起こしをする。今は見慣れぬ風景だが、正月までの大切な作業だ。備中鍬で、できるだけ土を大きく打ち起こし裏返す。通風を良くし、春田打ちの作業を楽にする。そんな田打ちの作業を的確に表現したいわゆる写生俳句。日々生きることも農作業に似て、いよいよ年の瀬を迎えたという感慨を詠む。byけさの一句抄
「霜降りて実ばかり葉無し冬の柿」
(しもおりて みばかりはなし ふゆのかき)
山根尽生。
※お休み中、アップも無いのにご訪問、どうも有難うございます。
さて、明日は
▲ by jinsei1 | 2007-12-26 23:21 | けさの一句
2007年 12月 25日
「炬燵の間母中心に父もあり」
(こたつのま ははちゅうしんに ちちもあり)
星野立子。
作者は高浜虚子の二女である。この句によると、家庭における虚子の立場がうかがえて興味ぶかい。戦中・戦後の疎開していた一時期を除いて鎌倉に在住。息子二人はそうでなかったが、娘五人は結婚後も高浜家の近所に住んでいた。だから何かがあると娘たちは集まってくる。みんなは炬燵のある居間に集まるのだが、そこでの中心は母であったという。俳壇の大御所だが、家庭での素顔が見えてほほえましい。byけさの一句抄。
「大御所は結社カリスマ子福者」
(おおごしょは けっしゃかりすま こぶくもの)
山根尽生。
さて、明日は
▲ by jinsei1 | 2007-12-25 08:27 | けさの一句
2007年 12月 24日
「街のどよめき我には遠しクリスマス」
(まちのどよめき われにはとおし くりすます)
臼田亜浪。
素直な心境を詠んだものだ。クリスマスはキリスト礼拝の意で、キリスト教信者にとっては重要な宗教的儀礼である。けれど日本では歳末戦の一環として、街はイルミネーションで目がくらむ。そんな狂騒から身を退いて孤高を持しての作である。もっともクリスマスが世界中でもてはやされるのは、太陽の新生を祝う「冬至の祭」と結びついたからだという。短日に夜の光はうれしいが、まぶしすぎるのも善し悪しだ。byけさの一句。
「生誕は一陽来復崇められ」
(せいたんは いちようらいふく あがめられ)
山根尽生。
さて、明日は
▲ by jinsei1 | 2007-12-24 19:28 | けさの一句