日日光進・更新・交信。アナタへの健康波動---。


by jinsei1

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3月31日 朧

    
「生きて候花の朧をつぎ合はし」  
(いきてそろ はなのおぼろを つぎあわし)
齋藤慎爾。 
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桜と墓地

 人生の無常を移ろいやすい花のはかなさに仮託した一句である。句集『春の羈旅』には「仮縫ひの糸曳き朧にもなれず」の句も収録。朧がいかに頼りないものかを示している。そんな<花の朧>をぬいつけて一つにしているのだから、いつ綻びるかもしれない。そんな状況ながら生きていますよ、と名乗っているのだ。<候>は文語体で手紙の候文に用いたが、現代では「ます」など丁寧の意。

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蔓しげる切り株朧霞けり」
(つるしげる きりかぶおぼろ かすみけり)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-03-31 15:38 | けさの一句

3月30日 燕来て


「逆吊り自転車売らる燕来て」
(さかさづり じてんしゃうらる つばめきて)
能村研三。
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 芭蕉の句に「盃に泥なし落としそむら燕」というのがある。ツバメは民家野の気や梁に巣をかけて居つく、昔から市井で親しまれてきた渡り鳥だ。ところがこの時期になると、戸外に出かけるため自転車もよく売れる。交通マヒのひどい都会では簡便さが買われて売れ行きは好調。そうなると人間は世知辛い。ツバメが巣を作るあたりにも商品の自転車を逆さづりに展示する。ツバメ返しならぬ場所取りの変節に、ツバメは大いに困惑のていだ。byけさの一句。

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「つばくろは顔中口に吾にこそ」
(つばくろは かおじゅうくちに われにこそ)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-03-30 08:34 | けさの一句

3月29日 寄り添う


「春の夜の柱いつかの物語」
(はるのよの はしらいつかの ものがたり )
本城佐和
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 日本の古い家屋で、その建築構造からして重要なのは柱と梁である。特に目立つのは大黒柱。家の中心になることから転用し、比喩的にその家の主人を意味することもある。「春宵一時値千金」などの詩句もあるが、春の夜は一刻一刻と深まるにつれ、趣を深め艶めいた感傷をそそる。芭蕉は「冬籠もりまた寄り添はん此の柱」と詠んだが、春夜の叙情は<いつかの物語>を思いださせたか。by癒しの一句抄。

塀の外より
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「家人向きに外へお尻のご挨拶」
(うちむきに そとへおしりの ごあいさつ)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-03-29 09:07 | けさの一句

3月28日 春の夢


「春の夢うらはずかしく覚めにけり」
(さわらびや わかさをいでぬ ほとけたち)
富安風生。
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 夢は人間の心の隠れた側面を表す。こうした観点から、夢の研究は現在も盛んに行われている。けれどもあくまで個人的なもので、心中で恥ずかしく思うような夢を見たのだろう。夢は無意識からのメッセージ、自分でも知らなかった自分を開示してくれる。特に<春の夢>は、人の世のはかなさのたとえにもされてきた。春愁などとの関連もあろうが、感傷的になりやすい季節だ。「春の夢心驚けば覚めやすし」の作もある。byけさの一句抄。

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「学なりて門出あれこれ春の夢」
(がくなりて かどであれこれ はるのゆめ)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-03-28 08:15 | けさの一句

3月27日 幾許ぞ


「吾に残る時幾許ぞ鳥雲に」
(われにのこる ときいくばくぞ とりくもに)
野見山朱鳥。
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 渡り鳥は秋になると北方から渡ってきて、越冬して春になると北方へと帰ってゆく。その帰る様子が雲に入るように見えるので、「鳥帰る」を比喩的に<鳥雲に>と表現。これは一年周期で繰り返され、また秋になると渡り鳥はやって来る。けれど人間の生には限りがあり、飛来するのを生きて眺められようかと感懐を詠んだものだ。「余命いくばくもない」と自覚しての惜別の句であろう。五十二歳で没。byけさの一句抄。

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「とは言えど三日見ぬ間の桜かな」
(とはいえど みっかみぬまの さくらかな)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-03-27 08:45 | けさの一句

3月26日 春


「春の月いよいよ機嫌昇りけり」
(はるのつき いよいよきげん のぼりけり)
星野立子。
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 春の満月は特に印象的で、濃いオレンジ色のふくよかで大きな月が夕空を染める。澄んだ秋の月と違って、ほのぼのとした艶が魅力だ。中村汀女は「外にも出よ触れるるばかりに春の月」、杉田久女は「大いなる春の月あり山の肩」と詠んだ。月へ思いの寄せ方もさまざまだが、<いよいよ機嫌>の表現はほほえましい。いよいよ時機が来て月が昇りはじめた感動を詠む。その一瞬を待ちこがれてのけれん味のなさがいい。byけさの一句抄。

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「禅寺に春の来たりて赤幟」
(ぜんでらに はるのきたりて あかのぼり)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-03-26 08:53 | けさの一句

3月25日 水温む


「夕暮れの水のとろりと春の風」
(ゆうぐれの みずのとろりと はるのかぜ)
臼田亜浪。
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 春風駘蕩のことわざもあり、春風の特色は暖かく柔らかに吹く風である。水に温かさも感じられ、「水温む」は春の季語。のどかな日永を陽光に照らされて、夕暮れ時にはいっそう水温むかの感がある。<とろりと>は濃い液体が溶けて粘り気のあるさま。あたかも静止の状態だが、そこに優しくそよぐ春風を配合。『和漢朗詠集』では「今日知らず誰か計会せし、春の風春の水一時に来る」と詠む。byけさの一句抄。

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「水温む桜微笑む空の蒼」
(みずぬるむ さくらほほえむ そらのあお)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-03-25 11:04 | けさの一句

3月24日 涅槃会


「雪中の涅槃あはれは出羽の国」
(せっちゅうの ねはんあはれは ではのくに)
原裕。
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 涅槃会は釈尊入滅の日といわれる陰暦二月十五日の法要である。この日に各寺院では涅槃図を掲げ、読経して報恩供養を行う。阿波野青畝は「葛城の山懐に寝釈迦かな」と詠んだ。葛城は奈良盆地南西部一帯の古名である。奈良東大寺二月堂の御水取りが済むと、京阪地方は春になるといわれてきた。けれど出羽国、今の山形や秋田ではまだ雪が積もった中の法会とあって、しみじみとした情趣があると詠む。byけさの一句抄

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「明々と闇夜を灯すお松明」
(あかあかと みよをともす おたいまつ)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-03-24 08:28 | けさの一句

3月23日 葦芽


「彼岸過ぐ枯葦がうすももいろに」
(ひがんすぐ かれあしがうす ももいろに)
松村蒼石。 
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川岸の葦芽。流石、河川敷より発芽が早い。 上下とも昨日撮影。
 
 暑さ寒さも彼岸まで、といわれる。彼岸を過ぎれば春暖の気も定まり好時節だ。枯れ葉は冬の季語だが、若芽がつんつんと生い出て古歳時記には「あしたのはえいづるは牛の角のごとし」と記す。春の季語として葦芽(あしかび)、葦の角などという。見た目には<うすももいろ>になり春景色は顕著となる。富安風生は「月日過ぎただ何となく彼岸過ぎ」と恍惚の気分を特徴あるものと強調して詠んだ。
byけさの一句。

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「葦芽も出兼ね火を待つ河川敷」
(あしかびも でかねひをまつ かせんしき)
※町中故、山焼きするような訳には行きませぬか?
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-03-23 07:35 | けさの一句

3月22日 

 
「待たされてゐて約束のふと朧」
(またされて ゐてやくそくの ふとおぼろ)
今橋真理子。
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 約束の時刻に待ち人が来ないのだ。彼氏とのデートだろう。勘違いがあったのではなかろうかと不安になる。<ふと>はひょっとしての意で、いろんな疑念がよぎってゆく。そんな微妙な感情が、折からの朧夜と符号して叙情は深い。朧とは春の夜の万物が霞んで見える現象である。大気中に水分の多いせいだが、掲出句は恋の句だ。情緒的で五感のすべてに訴える朧であろう。byけさの一句抄。

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「ハチ公は年中無休のスポットにて」
(はちこうは ねんじゅうむきゅうの すぼっとにて)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-03-22 07:54 | けさの一句