日日光進・更新・交信。アナタへの健康波動---。


by jinsei1

12月28日 けもの道


「岬鼻の枯れて匂へるけもの道」
(みさきはな かれてにおへる けものみち)
水見壽男(ひさお)。
a0009666_9484877.jpg

猟の獲物を先祖百神に供える年末の祭りを朧祭という。朧月といえば陰暦十二月の異称。狩猟が解禁になり、ハンターにとってはうれしい季節。海へ突き出た半島の先端を<岬鼻>と呼ぶが、厳しい自然条件のために樹木は繁茂しにくい。冬になれば下草も枯れて、ようやく見えてくるのが香しい<けもの道>。自ずからなる自然の小径で、鹿などの気配も察せられての直感を詠む。byけさの一句抄。

a0009666_9492096.jpg
「猟銃を手に一年振りのけもの道」
(じゅうをてに ひととせぶりの けものみち)
山根尽生。

さて、明日は
# by jinsei1 | 2007-12-28 09:45 | けさの一句

12月27日 冬の虹


「あはれこの瓦礫の都 冬の虹」
(あわれこのがれきのみやこ ふゆのにじ)
富沢赤黄男(かきお)。
a0009666_921248.jpg

 夏のように多くはないが、<冬の虹>は鮮明で美しい。実景はさることながら、冬の虹のはかなさの象徴として配し、いっそう感慨深い句になっている。昭和二十一年の作。空襲で焼け野原にとなった東京の空にかかった虹だ。この天土地との対比を、感情におぼれず端的に力強く表現している。あれから六十年がすぎ、東京には自慢の高層ビルビル群が出現。けれど今も不思議に、ほうふつと眼前によみがえってくる俳句だ。byけさの一句抄。

a0009666_9221181.jpg
「復興の家並み跨いで冬の虹」
(ふっこうの やなみまたいで ふゆのにじ)
山根尽生。

さて、明日は
# by jinsei1 | 2007-12-27 09:23 | けさの一句

12月26日 年惜しむ


「年惜しむ鍬打ち土を裏返し」
(としおしむ くわうちつちを うらがえし)
林徹。
a0009666_23251175.jpg

 過ぎゆく年を惜しむにも人それぞれである。農家では稲を刈った後、一毛作の田んぼでは鍬を使って荒起こしをする。今は見慣れぬ風景だが、正月までの大切な作業だ。備中鍬で、できるだけ土を大きく打ち起こし裏返す。通風を良くし、春田打ちの作業を楽にする。そんな田打ちの作業を的確に表現したいわゆる写生俳句。日々生きることも農作業に似て、いよいよ年の瀬を迎えたという感慨を詠む。byけさの一句抄

a0009666_23403623.jpg
「霜降りて実ばかり葉無し冬の柿」
(しもおりて みばかりはなし ふゆのかき)
山根尽生。
※お休み中、アップも無いのにご訪問、どうも有難うございます。

さて、明日は
# by jinsei1 | 2007-12-26 23:21 | けさの一句

12月25日 高浜家


「炬燵の間母中心に父もあり」
(こたつのま ははちゅうしんに ちちもあり) 
星野立子。
a0009666_848393.jpg

 作者は高浜虚子の二女である。この句によると、家庭における虚子の立場がうかがえて興味ぶかい。戦中・戦後の疎開していた一時期を除いて鎌倉に在住。息子二人はそうでなかったが、娘五人は結婚後も高浜家の近所に住んでいた。だから何かがあると娘たちは集まってくる。みんなは炬燵のある居間に集まるのだが、そこでの中心は母であったという。俳壇の大御所だが、家庭での素顔が見えてほほえましい。byけさの一句抄。

a0009666_8491299.jpg
「大御所は結社カリスマ子福者」
(おおごしょは けっしゃかりすま こぶくもの)
山根尽生。

さて、明日は
# by jinsei1 | 2007-12-25 08:27 | けさの一句

12月24日 イブ

「街のどよめき我には遠しクリスマス」
(まちのどよめき われにはとおし くりすます)
臼田亜浪。
a0009666_19261327.jpg
 
 素直な心境を詠んだものだ。クリスマスはキリスト礼拝の意で、キリスト教信者にとっては重要な宗教的儀礼である。けれど日本では歳末戦の一環として、街はイルミネーションで目がくらむ。そんな狂騒から身を退いて孤高を持しての作である。もっともクリスマスが世界中でもてはやされるのは、太陽の新生を祝う「冬至の祭」と結びついたからだという。短日に夜の光はうれしいが、まぶしすぎるのも善し悪しだ。byけさの一句。

a0009666_19265658.jpg
「生誕は一陽来復崇められ」
(せいたんは いちようらいふく あがめられ)
山根尽生。

さて、明日は
# by jinsei1 | 2007-12-24 19:28 | けさの一句

12月23日 天命


「天命は天にあづけて鴛鴦流る」
(てんめいは てんにあづけて をしながる)
長谷川秋子。
a0009666_1616183.jpg

 鴛鴦はいつも雌雄一緒に泳いでいる。そこから仲のよい夫婦をおしどり夫婦という。掲出句はもちろん人間のことでなく、水の流れるままに屈託のないさまの鴛鴦を詠む。もちろんつがいだ。天が命じ与えたものは、天のなすままに身をゆだねれば天下は太平。けれど単なる写生句と見るのでは芸がない。「五十にして天命を知る」とは、『論語』のことば。作者は四十四歳のとき離婚。天命にあらがったか。byけさの一句抄。

a0009666_16182019.jpg
「相生は本間様の共白髪」
(あいおいは ほんまさまの ともしらが)
山根尽生。

さて、明日は
# by jinsei1 | 2007-12-23 16:25 | けさの一句