日日光進・更新・交信。アナタへの健康波動---。


by jinsei1

6月 26日 赤き蛇


「生家なる生まれ生まれの赤き蛇」
(せいかなる うまれうまれの あかきへび)
細見綾子。
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ヤマカガシの幼蛇

 蛇は異形ゆえに怖がられるが、人家の屋根裏などに忍びこみ、ネズミなど捕食するので愛護されてきた。いわゆる旧家には子孫が絶えなかったように、蛇もまたその家で生きかわり死にかわりしてすみついてきたといえよう。「丹波十七句」と前書のある一句。丹波には作者の生家があり、帰郷したとき生まれてすぐの蛇を見たのだろう。そして刺激的な<赤き蛇>に喚起され、家の永続とは何かを考えたのではなかったか。byけさの一句。

※ヘビの嫌いな方は決して開かないで下さい! 
ヘビがカエルを捕食する写真へのリンク

※発信者のちしろさん曰く。
 カエルについていろいろと調べていたら、こういうのに興味を持ってしまって…。

ここに紹介したサイトは、いずれもクリックするといきなり画像が見えます。また、どの写真も相当迫力があります。
気持ち悪いと思う人(の方が多いと思いますが)は、絶対に見ないでください。

でも…こういうのも大事な大事な自然やと思うんですよね。
しかも、そのうち二度と見られなくなる自然かもしれませんし。
私はヘビは好きやない(カエルはいい)けど、「そんなの絶対入らへんって!」と思うような大きさのカエルを無理して食べようとするヘビの姿を見ると、ちょっと神妙な気持ちになってしまいます。

あぁ…早くカエルを育てたいなぁ。いや、ヘビに食べさせるつもりはないけど(^^;
 

自然に任せば、自然のバランスが・・・
ヤマカガシの毒は、マムシの4倍、ハブの12倍もだそうで。
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「それでなお自然摂理と言われども」
(それでなお しぜんせつりと いわれども)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-06-26 09:36 | けさの一句

3月18日 若狭


「早蕨や若狭を出ぬ仏たち」
(さわらびや わかさをいでぬ ほとけたち)
上田五千石。

a0009666_943477.jpg 若狭街道は京都から八瀬・大原を経て小浜に至る道である。大昔からの要路であり京都に近く兵火の災いも少なかったから、古い文化を豊富に残す。由緒ある寺社も多く「海のある奈良」ともいわれる。若狭の古仏たちはひなびた里で昔ながらに金色の光を放っているのだ。これと照応するかに、春の光に輝いているのは早蕨である。芽を出したばかりの蕨は古仏たちの荘厳に通ずる美しさだ。byけさの一句抄。
サバ街道

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「街道の銀杏に宿る立木仏」
(かいどうの いちょうにやどる たちきぶつ)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-03-18 09:11 | けさの一句

3月12日 何時もの木

 
「春が来てゐる一本の何時もの木」
(はるがきて ゐるいっぽんの いつものき)
高橋謙次郎。
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 一本の木とはどんな木だろう。草に対する語で、地上部分が一年以上生存する植物をいう。いや十年も二十年も同じ土地に生えている一本軒のことである。今年も春が来てまた一つ年輪を重ねてゆく。「年々の春色誰が為に来たる」の古詩を思い出すが、ときの推移する中での悲哀の感覚を詠んだのが掲句だろう。けれど時は止められるものでなく、あきらめながらもたんたんとした日常の暮らしを詠む。byけさの一句抄。

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「影もまた春が来ている何時もの木」
(かげもまた はるがきている いつものき)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-03-12 07:39 | けさの一句

2月20日 紅梅 白梅


「紅梅喜憂縄文近き遠きかな」
(こうばいきいう じょうもんちかき とおきかな)
河野多希女。

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 情勢が変わるたびに喜んだり心配したり、気を揉むことが喜憂である。梅は清楚で気品が高く、百花にさきがけて咲く。けれど紅梅は白梅より花期がやや遅い。その差異を心理的に言い留めたのが芭蕉の句「紅梅や見ぬ恋つくる玉すだれ」だろう。冷やかな白梅では恋の句にならない。掲出句も同様で花の色香は移ろいやすく一喜一憂。それも遥かな<縄文>を持ち出して時間の止めがたさ、はかなさを詠む。byけさの一句抄。

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「花片の己が窪みの吹き溜まり」
(はなびらの おのがくぼみの ふきだまり)
山根尽生。

さて、明日は
by jinsei1 | 2007-02-20 07:53 | けさの一句

7月30日 虹忽ち


「虹消えて忽ち君の無き如し」
(にじきえて たちまちきみの なきごとし)
高浜虚子。
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  高浜虚子に「虹」という短い小説がある。虚子が、福井の三国という町に愛子という病弱の弟子を訪ねたおりのものである。
「愛子はお母さんと柏翠と三人で、私と立子を敦賀まで送ると言った。」という文でこの小説は始まっている。柏翠も病弱で、それが理由で愛子と結婚せずにいる。愛子とお母さんと柏翠と、この三人が互いに頼り頼られて淋しい生活を営んでいる。敦賀までの汽車の中から虹が立っているのが目に止まった。虚子がその方を指すと愛子も柏翠もお母さんも身体をねじ曲げてその方を見た。極めて鮮明な虹だった。by癒しの一句抄。

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「架け橋も忽ち消えて靄の空」
(かけはしも たちまちきえて もやのそら)
山根尽生。

明日7月31日の一句
「茄子漬のこの色留守の母に告げん」 
原子公平。



☞ 遠隔治療のお薦め

☞ 寝てる間に、ボケ防止

by jinsei1 | 2006-07-30 13:37 | 癒しの一句

7月29日 晴れてきし


「晴れてきし螢袋の下の土」
(はれてきし ほたるぶくろの したのつち)
綾部仁喜(あやべじんき)。
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 掲出句では、晴れてきたのは空である。そして、曇っているときは何もなかった地面の上にくっきりと影があらわれたのだろう。螢袋の下の土には螢袋の影が、作者の下の土には作者の影が。これらの影は日が翳れば消える。この句の「下の土」という座五は何でもないように見えるが、この語によって螢袋はあたらしい存在感を得た。そしてこの句の控えめな景に緊張感をもたらしている。癒しの一句抄。

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「長梅雨に束の間魅せるひかりかな」
(なすがつゆに つかのまみせる ひかりかな)
山根尽生。

明日7月30日の一句
「虹消えて忽ち君の無き如し」 
高浜虚子。



☞ 遠隔治療のお薦め

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by jinsei1 | 2006-07-29 17:00 | 癒しの一句

6月18日 むなし

 
「葭切や午前むなしく午後むなし」
(よしきりや ごぜんむなしく ごごむなし)
相馬遷子。
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 葭切を聞きながら無為の時間が過ぎる。午前も茫茫と過ぎていったし,午後もまた何もせぬうちに過ぎてゆく。ただ人間、何かをしなければならないように思っているが、それもまた迷いかも知れない。by癒しの一句抄。

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「ゆずり葉やクロアチア戦如何に待つ」
(ゆずりはや くろあちあせん いかにまつ)
山根尽生。

明日6月19日の一句
「裸子や我も欲し欲深きかや」 
小池文子。


寝てる間に、ボケ防止

by jinsei1 | 2006-06-18 12:58 | 癒しの一句

6月17日 川のように


「川のやうにおのれ育てよ夏百日」
(かわのやうに おのれそだてよ げびゃくにち)
桜井博道。

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 掲出句は「おのれ育てよ」という訓辞めく物言いが「川のやうに」という喩えによって詩となった。これが川ではなく、例えば動植物であるときを考えるとその違いは明らか。普段は耳慣れない言葉のためか、ふと夏百日という仏教語が字のとおりひと夏のすべてであるように思える。by癒しの一句抄。

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「迸る流れもやがて海原へ」
(ほとばしる ながれもやがて うなばらへ)
山根尽生。

明日6月18日の一句
「葭切や午前むなしく午後むなし」 
相馬遷子。


寝てる間に、ボケ防止

by jinsei1 | 2006-06-17 16:05 | 癒しの一句

今朝の一枚

by jinsei1 | 2006-06-16 09:24 | 俳写堂

今朝の一枚

雑草の中の名も知らぬ一茎。
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雨はまだ降ってない、が風が強くってブレ止めに一苦労。

風に吹かれて
by jinsei1 | 2006-06-15 15:48 | わが街